unioo-1618’s blog

理念「信仰と宇宙」、夢「宇宙語」

この世界と人間の成り立ち

みなさん、こんばんは!丸々です⸜(๑’ᵕ’๑)⸝

 

今回はこの世界と人間の成り立ちについてご紹介します!!

 

人間がよく見ている色というのは周波数を持っているんですね。

人間が肉眼を通してモノ(対象物)を見るときは三原色(赤色、青色、緑色)で判断し、それが合成されて識別できているように認知しております。大学の同期だった友人Kはハイパースペクトルカメラで色を141の種類で識別し、それによって人間の肉眼では見ることのできないがん細胞を検出することに成功したと言われております。

僕も昔、そこで大学時代にお手伝いしたことがありまして、当時は理解不能でありました(笑)

 

色は波長の長さによって度数が変わってきます。そして、その根元は周波数にあります。これを日本古来の民族は「色霊」(shikidama)と呼びました。それはどういうことかというと「色には魂が宿る」ということです。

そして「音にも周波数があり、音で病気を治すことができる」ということもかの有名なピタゴラスは断言しております。実際に「音楽療法」というものがあり、身体の不調を音で消していく療法を立証した英国ドイツのマナーズ博士はメッセージを残しております。

これはソルフェジオ周波数がかなりマッチされた手法だと考えられます。ソルフェジオ周波数とは癒しの音楽であり、3ケタの周波数Hzで表された心も体も調律が保たれて健康が増進する周波数のことを言います。これは「宇宙の音楽だ」と言われておりまして、ここに眠る言葉は神の意思が働いているとも言われております。これを「音霊」(otodama)と言います。

また「型霊」(katadama)、「数霊」(kazutama)もござり、

まず「型霊」とは、「幾何学にも魂が宿る」ということ。これも魂が図形に眠るということは、それ自体が言葉そのものにもなります。これは物理学者ガリレオが名言を残したその意味の真実性が込められています。

「数霊」とは「数にも魂が宿る」ということです。まず「数は神が作ったもの」とされております。その究極の根源神のメッセージだと思うのであります。

最後の5番目にくるものが「言霊」(kotodama)であります。これは「言葉に魂が宿る」ということです!それはつまり、「良き言葉」も「悪しき言葉」もかたちとなって現れるということであります。自然に発した言葉が物質化現象を起こすということでもあります。

 

つまり、あの世にあるものがこの世で実現されることを物質や目に見えない力が証明しているんです。それは下記の通りにてその説明が書かれております。この世にあるすべてのモノは「霊の影」であり、あの世にあるすべてのモノはこれ「霊の光」であります。その霊の創造主は「神仏そのもの、地球神そのもの」であるということです。

人間社会は神の理想郷の断面図でもあります。

 

電磁波でも「魂と電気エネルギーとは何か関係がある」と『神秘の法』に書かれてありますが、これはその通りのことで、それを解明する方法が「水」にあります。人間の身体とは何かというと70パーセントが水でできていて、30はその他の物質何ですね。だからと言って「たかが70ジャン!!w」と思うかもしれませんが、逆に考えたら「50の方が一番いいのになぜ多いんだろう」と考えたことがあるでしょうか??

地球上にある海と陸の比率は「7:3」です。つまり、地球を遠くから見るとブルーになるということです。ですから、我々も水がほとんどであり、その水は穏やかになるものと波が雑になるものがあって、これで肉体の生命活動を維持していると考えられるのです。その水全体の中心に周波数があるということであり、これが心の正体であります。

 

大きな湖に綺麗で何も動じない水面があり、何もしなければ波紋を出さない湖面があるとします。上から見たその水面に自分の好きな音楽をスピーカーで直接当てました。するとどうでしょう?!なんと、波紋ができるんです。

実は、この周波数こそが人間の思いがカタチになって現れたということなんです!そして、水面に一定の固有の周波数を当てます。なんと、その波長を変えるごとに波紋でできた図形が変わってきます。その周波数が悪ければ人間の身体で考えると水になんらかの濁り(nigori)が生じるので病気を作ります。しかし、それが良い方向にいくと病気が治せる抗体を作ることができるという考え方です。ちなみに、食塩でも周波数を高きから低きにわたって同じ結果が出るのです。これを「サイマティクス」と言います。

これは川がゆっくりと静かに流れるときと氾濫(hanran)を起こして土砂降りに流れるときでは全然違います。水をそのまま放置すると腐れると言われておりますが、それはお城の周りにある池が時間が経つほど泥っぽくなるのと同じで、水には入れ替えが必要で、川の流れのごとく動いています。人間の体内にある水分も動いているということです。それも時間と共に。その川に執着もなくゆったりと流れていく心の境地が良い周波数を生み出すということです。

 

そういう意味で、幾何学(図形)も周波数であることが「神聖幾何学やマカバ」で確認されています。そして「言霊」(kotodama)には、もう一つの作用があります。

実際、紙コップに「ありがとう」や「好き」をマジックで書いてから、そこに水を入れて長時間放置すると、賞味期限が切れようともその水は美味しく飲めます。しかし、反対に「嫌い」などの悪い言葉を書くと、その水が腐ることを実験で証明されています。つまり、これが「言霊の証明」になるということです。

 

 

色でも音でも形でも数でも言葉でも実験で証明されています。その周波数が人間の心の中の思いがそうなっていることがよく分かります。なぜ、そう思うかというと、人間の感情が上がると血脈も早くなるし、心のなかの思いの波長も変わってくるからです。つまり、人間の感情の選択が自分自身を決めているということでもあるんですね。

心にはまず「音と数」が関係しております。これが宇宙語の基本原理であることがもうそろそろ明らかになるはずです。「音楽と数学は宇宙共通言語そのもの」でもあるということです。

そして、人間の脳とは「理性」であり心が「感性」と呼ばれるものです。ソルフェジオ周波数を見れば「心が脳より本物である」ということが分かります。

 

それから、人間の思いが物質化することについて「仏光物理学」の基本テーゼをご紹介致します。これは『黄金の法』の第1章に書かれている内容であります。それは次のようにあります。↓↓

第1テーゼ:「仏の光は、親和的性質を持ったものに出合うと増幅され、排他的性質を持ったものに出合うと、それを避けて通るというものです」

第2テーゼ:「仏の光は、その凝集・拡散というプロセスによって、創造と破壊を行うということです。つまり、念の力によって、仏の光が目的性を持って凝集すると、そこに、霊的実体が現れる。さらに、その波動を緊密なものにしてゆくと、物質が現れる。その逆に、念による目的意識が解除されると、物質はその形態を失う。霊的実体も、仏の光が拡散を始めると、別なものになる以外は存続しえなくなる」

第3テーゼ:「仏の光は周波性を持つということです。つまり、高周波は高周波と通じ、低周波低周波と合うということです。多次元空間を含めた大宇宙空間には、仏の光のなかに伝達の意識を込めた念波というものが飛び交っています。しかし、この念波も、同波長のものしか通じ合わない」

 

 

いかがでしたでしょうか??

「霊」とは人間の魂も心も覆い尽くす実体のことです。そして、「霊的実体」とは目に見えない存在のことです。どちらもそうなのですが、なぜそれがあるのかというと、「思い、気持ち、思いやり」があるからです。「念」とは、思いが連続することで現れる実体のことです!!!!

たとえば、光に反射した影を見ると、その影はなんだろうと感じることがあると思います。それは、人間の肉体が霊体に宿っているからなんです。そして、その霊体こそ魂が作り出した幻想でもあります。それは実体であるということです。もし、霊体つまり魂だけが自分だとしたら影はできません。影を動かしているのは自分自身です。

それは神の思いによって厳然としてあるということです。なんせこの世に現る我々がなぜ生きているのかと言うと、神がこの世に生きることを許されているから今があると言うことです。この事実を忘れないで頂きたいのです!!神は裁きの神ではなく、人間をより良く導く慈悲の力なのです。祟り神ではありません。祟り神は基本、悪い神です。

それとは反対に、霊体の影は肉体でもあるんです!霊体と肉体は別物でありながら、霊体が作り出した物質化は肉体であるということです。要するに、人間の外見や第一印象のすべては、この中身である心が作り出した外見に過ぎないということです。ここまでは、なんとなく分かりましたか?!

 

何が言いたいかというと、、私たちが生きているこの世界は目に見えない「仏」という存在に操られているということです。すべての物質や人間や宇宙も「仏の光」というものが人間の心に出てくる「思い」が作った幻想だということです。そして、世の中にある不可思議な現象も人間の思いや気持ちが作り出した幻想です。

その思いが目に見えないのにもかかわらず、目に見えるようになっている原因は基本的には「周波数であるだけでなく、神や仏の意志が現れている」ということなんです。

「神と仏の違い」については以前の記事でご紹介して通りの内容であります。

 

物質は「粒と波の両面性」でできています。この「粒が数であり、波が音である」ということです。粒は数えることができるけども奏でられない。しかし、波は奏でられるけども数えられないということです。つまり、「言霊」は病気治しだけでなく、量子物理学にも適合できるということです。

 

そして、周波数そのものがあなた自身の愛を表し、思念を表します。人間とは「思考」そのものです。「思い」とは胸で気持ちを確かめることであり、「考える」とは頭を使って何かに集中することであります。この2つが人間なのです。「脳だけあれば全て良し」は真っ赤なウソです🐵 そうなると猿と同じでしょう。馬鹿馬鹿しくて腹がたちます!

 

そして、人間とは光そのものです。愛に生きる存在でもあります。こうした学びの先にあるものは未知でありますが、これを考えるということが新しい科学の役割なのではないでしょうか?みなさんもこの実感を体幹頂けたら幸いに思います。

 

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20/04/30

 

ご精読ありがとうございました(。>人<。)

みなさんのコメントをお待ちしております。

以上、丸々でした( ˙꒳​˙ᐢ )